2010年 01月 19日
JAL、会社更正法を申請 |
日本航空が会社更生法の適用を申請した。
1970~1980年代の海外在留邦人にとって、「JAL」は特別な存在だった。
初めて飛行機に乗ったのは、もちろん「JAL」。
今でも覚えている。
5歳の誕生日の目前、羽田空港から香港行きの飛行機に乗った日を。
栃木から、父親の親戚一同20人近くが羽田まで見送りに来てくれた光景を。
機内でもらった、鶴のマークが入ったトランプを。
そして、啓徳空港のタラップに最初の一歩を踏み出した瞬間の「ムッ」とする9月の湿気を。
当時、「JAL駐在員とその家族」といえば、在留邦人の「民間企業代表者」的なイメージがあった。日本国大使は、公的な代表者。JAL駐在員は、民間の代表者。そんなイメージだった。
古き良き「JAL」は、もうなくなってしまったんだろうか。
それとも、「古き良き」と思われていた時代から、「JAL」は「JAL」だったんだろうか。
ナショナルフラッグの航空会社の苦戦が世界で伝えられている。
知れば知るほど、JAL の経営の体たらくは目を覆わんばかりだけど、でも、やっぱり再建して欲しい。
日本人の、夢だからね。誇りだからね。JALは。
1970~1980年代の海外在留邦人にとって、「JAL」は特別な存在だった。
初めて飛行機に乗ったのは、もちろん「JAL」。
今でも覚えている。
5歳の誕生日の目前、羽田空港から香港行きの飛行機に乗った日を。
栃木から、父親の親戚一同20人近くが羽田まで見送りに来てくれた光景を。
機内でもらった、鶴のマークが入ったトランプを。
そして、啓徳空港のタラップに最初の一歩を踏み出した瞬間の「ムッ」とする9月の湿気を。
当時、「JAL駐在員とその家族」といえば、在留邦人の「民間企業代表者」的なイメージがあった。日本国大使は、公的な代表者。JAL駐在員は、民間の代表者。そんなイメージだった。
古き良き「JAL」は、もうなくなってしまったんだろうか。
それとも、「古き良き」と思われていた時代から、「JAL」は「JAL」だったんだろうか。
ナショナルフラッグの航空会社の苦戦が世界で伝えられている。
知れば知るほど、JAL の経営の体たらくは目を覆わんばかりだけど、でも、やっぱり再建して欲しい。
日本人の、夢だからね。誇りだからね。JALは。
by masatoshi-blog | 2010-01-19 23:43 | 「雑感」
